京都地方裁判所 昭和60年(行ウ)15号 判決 1985年12月04日
原告
太田冨士雄
右訴訟代理人弁護士
太田常晴
野々山宏
国弘正樹
被告
精華町長
井上藤治
被告
井上藤治
松下由春
前田佐一郎
右被告ら訴訟代理人弁護士
杉島元
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告精華町長が昭和五五年三月三一日付で三井不動産株式会社、野村不動産株式会社大阪支店及び京阪電気鉄道株式会社に対してした、右各会社が行う住宅地開発事業に伴い当該事業計画区域から流出する雨水を九百石川に流入することの同意が無効であることを確認する。
2 被告井上藤治は精華町に対し、金九三八万円、及びこれに対する同年四月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告松下由春は精華町に対し、金八八五万九二二六円、及びこれに対する同月二〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告前田佐一郎は精華町に対し、金五二万〇七七四円、及びこれに対する同月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 第2ないし4項につき仮執行宣言
二 被告ら
(本案前の申立)
主文同旨。
(本案に対する答弁)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は京都府相楽郡精華町の住民であり、被告井上藤治は昭和五五年以降精華町長の職にある。
2(一) 被告精華町長は、昭和五五年三月三一日、三井不動産株式会社、野村不動産株式会社大阪支店及び京阪電気鉄道株式会社に対し、右各会社が行う住宅地開発事業に伴い、当該事業計画区域から流出する雨水を九百石川に流入することについての同意(以下本件同意という)を与え、被告井上藤治は、精華町長として、府営祝園地区かんがい排水事業における用地買収の補償金として、同年四月一九日、被告松下由春に対し、金八八五万九二二六円を、同月二六日、被告前田佐一郎に対し、金五二万〇七七四円を、各支払つた(以下合わせて本件支出という)。
(二) ところで、本件同意及び本件支出がなされた経緯は次のとおりである。
(1) 精華町は、昭和四六年度から昭和五四年度までの継続国庫補助事業として前記かんがい排水事業を実施してきたが、この事業は、最終年度に入つても、松尾保男所有の畑地及び被告前田佐一郎所有の田の買収をめぐつて難航していた。そして、被告松下由春は、松尾保男所有の畑地の小作権者であつた。
(2) そこで、被告井上藤治は、右かんがい排水事業の完遂を計るため、そのころ、前記三社が精華町ニュータウン住宅地開発事業を計画していたことから、これら三社の工事に便宜を計ることによつて、三社から受益者負担金の名目で協力金を拠出させ、これを前記被告松下由春及び被告前田佐一郎に対する補償金に上乗せして買収を実行しようと企て、右三社に対して本件同意を与え、協力金合計金一三一八万円を精華町に拠出させた。
(3) 被告井上藤治は、右協力金のうち金三八〇万円については精華町の歳入予算に計上したが、その余の金九三八万円については計上せず、株式会社京都銀行山田川支店精華町出張所に普通預金口座を設けて入金し、このうち金八八五万九二二六円を被告松下由春に、金五二万〇七七四円を被告前田佐一郎に、各支払つて、本件支出をしたのである。
3 本件同意及び本件支出には、次の違法があり、無効である。
(一) 九百石川の管理については、地方自治法(以下地自法という)二条二項、三項二号に基づき、精華町が管理主体となり、被告精華町長が管理担当者となる。そして、九百石川の河川管理権は、同法二三八条一項四号により、精華町の財産というべきであるから、本件同意は、精華町の財産の管理もしくは処分に該当する。さらに、本件同意の本質は、同被告の河川管理権に基づく雨水流入許可処分であるから、本件同意は、同法二四二条の二第一項二号の行政処分に該る。
ところで、町長が町の財産を管理するに当たつては、地方財政法八条に従い、これを常に良好の状態において管理し、その所有の目的に応じて最も効率的にこれを運用しなければならない義務を負つているにもかかわらず、被告精華町長は、これに違反し、本件支出の資金捻出を目的として、本件同意をしたもので、本件同意に基づく雨水流入による九百石川の浸水の危険(九百石川は主に排水路として機能していた)や環境調整に対する配慮もせず、水利権者の相楽郡川西土地改良区の意見や同意も得ていないのである。
したがつて、本件同意は、被告精華町長の九百石川管理権の濫用として行われたことが明らかであり、地自法一三八条の二に違反し、無効である。
(二) 本件支出は、予算に計上されない金員の支出であるから、地自法二一〇条、二三二条の三、二三五条の四第二項及び同法施行令一六八条の七に違反し、同法二条一六項により、無効である。
4 精華町は、被告井上藤治のした本件支出により、金九三八万円の損害を被つた。
そして、本件支出は無効であるから、被告松下由春は金八八五万九二二六円を、被告前田佐一郎は金五二万〇七七四円を、それぞれ違法な支出であることを知りながら支払いを受け、右各金員を不当に利得している。
5 原告は、昭和六〇年三月八日、精華町監査委員に対し、本件同意及び本件支出について、地自法二四二条一項に基づく住民監査請求(以下本件監査請求という)を行つた。しかし、同監査委員は、同年四月三〇日、原告に対し、本件同意は被告精華町長の裁量に属し、本件支出は違法ではあるが無効とするにはあたらない旨を通知した。
6(一) ところで、本件監査請求が本件同意及び本件支出のあつた日から一年を経過した後に行われたのは、次の事情に基づくから、地自法二四二条二項但書の「正当な理由」があるというべきである。
本件同意及び本件支出は、巧みに隠蔽され、昭和五九年六月二七日から同年七月七日にかけて開催された第二回精華町議会定例会で、初めてその事実関係が解明されるに至つた。そして、この事実関係は、同年一〇月に発行された「精華町議会だより」で、広く精華町住民の知るところとなつたのである。さらに、右議会においては、同法一〇〇条に基づく用地買収調査特別委員会が設置され、本件同意及び本件支出に関する調査が進められており、原告は、監査請求をするか否かを決定するに当たり、右委員会の調査の動向を見守つていた。
そして、本件監査請求がなされたのは、右議会だよりの発行後五か月、右議会の終了後八か月という時期であり、かつ、右委員会の調査結果が出る前だつたのである。
(二) 仮に、右「正当な理由」が認められないとしても、監査請求期間は、監査委員が住民監査請求を受理する際に満たすべき要件として規定されているというべきであり、「正当な理由」の有無も、監査委員が判断すべき事柄である。
そして、本件監査請求については、精華町監査委員が「正当な理由」ありとして、これを受理したのであるから、監査請求前置の要件は満たされており、本件訴は適法である。
7 よつて、原告は、地自法二四二条の二第一項二号に基づき、本件同意が無効であることの確認を求めるとともに、同項四号に基づき、精華町に代位して、被告井上藤治に対しては損害金九三八万円及びこれに対する本件支出が完了した日の翌日である昭和五五年四月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、被告松下由春に対しては不当利得金八八五万九二二六円及びこれに対する同被告が右金員の支払いを受けた日の翌日である同月二〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による利息を、被告前田佐一郎に対しては不当利得金五二万〇七七四円及びこれに対する同被告が右金員の支払いを受けた日の翌日である同月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による利息を、各精華町に対して支払うことを求める。
二 被告らの本案前の主張
1 本件訴全部について
本件監査請求は、法定の監査請求期間経過後になされたものであり、「正当な理由」も認められない。
したがつて、本件訴は、適法な監査請求を経ておらず、不適法である。
なお、「正当な理由」があることは、住民訴訟の適法要件であつて、単なる監査請求受理の要件ではない。したがつて、精華町監査委員が「正当な理由」があると判断して本件監査請求を受理したとしても、このことによつて、本件監査請求が適法となるものではない。
2 本件同意の無効確認請求について
本件同意は、非財務的性質を有するものであるから、監査請求や住民訴訟の対象とはなし得ないものである。
したがつて、右請求は、不適法である。
3 被告井上藤治に対する請求について
右請求は、同被告が精華町長として行つた本件支出が違法であることを理由とする損害賠償請求であるが、このような賠償責任は、地自法二四三条の二所定の手続(地方公共団体の長の賠償命令)によつてのみ実現され、住民訴訟に基づいて請求することは許されないと解すべきである。
したがつて、右請求は、不適法である。
三 請求原因に対する認否と主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、(二)(2)の事実は否認し、その余は認める。
3 同3の主張は争う。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は認める。
6 同6(一)のうち、第二回精華町議会定例会に用地買収調査特別委員会が設置され、本件同意及び本件支出の調査が進められていた事実は認め、その余は否認する。「正当な理由」があるとの主張は争う。同(二)の主張は争う。
(主張)<以下、省略>
理由
一本件訴の適法性について判断する。
1(一) 本件同意が昭和五五年三月三一日にされたこと、本件支出が同年四月一九日及び同月二六日にされたこと、及び本件監査請求が昭和六〇年三月八日にされたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。
(二) 右事実によると、本件監査請求が地自法二四二条二項本文所定の監査請求期間経過後にされたことは明らかである。
2 そこで、本件監査請求が監査請求期間経過後にされたことについて、地自法二四二条二項但書の「正当な理由」が認められるか否かについて判断する。
(一) 同項本文が監査請求期間を行為の行われた日から一年と規定したのは、法律関係の早期安定の確保を狙つたものと解される。しかし、他方、住民が違法な行為を知ることができなかつたり、これを知つても監査請求をすることができなかつたと認められる事情がある場合にも、この原則を貫くことは、住民による地方行政是正の途を不当に狭めることになり、不合理である。そこで、同項但書は、右のような場合においては、住民が違法行為を知り、または監査請求ができるようになつた時から相当な期間内に監査請求をすれば、それが右一年の期間を経過した後であつても、なお「正当な理由」があるとして、監査請求が適法になることを規定したものと解すべきである。
(二) そして、原告は、この点について、本件同意及び本件支出が周到に隠蔽され、その事実関係が初めて発覚したのは昭和五九年六月二七日から同年七月七日にかけて開催された第二回精華町議会定例会であり、このことは、同年一〇月発行の「精華町議会だより」によつて、広く住民の知り得るところとなつたが、右精華町議会には、同法一〇〇条に基づく用地買収調査特別委員会が設置されて、本件同意及び本件支出の調査が進められていたため(同委員会が設置され、本件同意及び本件支出の調査を行つていたことは、当事者間に争いがない)、原告は、監査請求をすべきか否かを決するに当たり、右調査の動向を見守つていたのであるから、本件監査請求には、「正当な理由」があると主張する。
(三) しかし、仮に原告主張のとおりの事実があつたとしても、本件監査請求に「正当な理由」があるとすることはできない。
すなわち、右主張事実によれば、原告は遅くとも昭和五九年七月七日には右事実関係を知ることができ、現に同年一〇月にはこれを知つたものと解されるから、原告は、同年七月七日から相当な期間内に監査請求を行うべきであつた。ところが、本件監査請求がされたのは、昭和六〇年三月八日であり、本件同意や本件支出の事実関係を知り得た時から約八か月を要していることを考えると、本件監査請求が右の相当な期間内に行われたとすることはできないのである。(大阪地昭和四六年三月九日判決・判例時報六四五号六四頁、岐阜地同五九年四月二五日判決・判例タイムズ五三四号二〇六頁)。
原告は、この点について、前記委員会の調査の成行きを見守つていたためであると主張するが、右委員会の調査と監査請求、住民訴訟とは、本件同意及び本件支出についての責任追及という点では目的を同じくするものであるにせよ、制度上は、別個独立で相互に無関係であり、後者が前者を補充するという関係に立つものではないというべきである。したがつて、原告が右委員会の調査の成行きを見守つたことが、本件監査請求が遅れたことの「正当な理由」となるものではない。
右のとおり、原告の主張する事実関係のもとでは「正当な理由」があつたとすることはできず、原告は、他に「正当な理由」となるべき事実を主張、立証しないのであるから、本件監査請求には、法定の監査請求期間を経過した後に行われた違法があるとしなければならない。
3 原告は、「正当な理由」があることは、監査請求受理の要件として監査委員が判断すべき事柄であつて、精華町監査委員が「正当な理由」があるとして受理した以上、本件監査請求は適法であると主張する。
しかし、地自法二四二条の二第一項は、「前条(二四二条)一項の規定による請求をした場合において」と規定しており、このことは、住民訴訟の前提として、適法な監査請求を経ることを要求しているものと解すべきである。そして、適法な監査請求を経たというためには、監査請求期間についても、法の定めを遵守したものでなければならないのである。すなわち、「正当な理由」があることは、原告主張のような監査請求受理の要件にとどまらず、住民訴訟の適法要件であつて、その存否は、裁判所が判断すべき事柄である。
したがつて、本件監査請求は、前記2(三)で判示したとおり、違法であつて、精華町監査委員が誤つてこれを受理したからといつて、そのことにより、本件監査請求や本件訴が適法となるものではない(東京地昭和五七年七月一四日判決・行裁集三三巻七号一五〇二頁)。
4 以上判示のとおり、本件監査請求は違法であるから、本件訴は、適法な監査請求を経ていないことになり、その余の点について判断するまでもなく、不適法である。
二結論
よつて、不適法な本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官井関正裕 裁判官武田多喜子 裁判官長久保尚善)